In the Rough 卒業します。
- 未希子 坂田

- 11 分前
- 読了時間: 8分
2016年にシェアカフェとしてスタートしたインザラフは、2026年8月30日(日)をもって卒業を迎えることとなりました。
西荻で電源とWifiが使えるカフェとして、沢山の方にご利用いただき、おかげさまで10年間の月日を西荻でご一緒させていただくことができました。
10年という節目にあたり、また次の10年を考えるために、一旦立ち止まり、また次のステップへ進めてみることにいたしました。
これまでインザラフを支えてくださった沢山のお客様、本当にありがとうございました。
それぞれの目的でゆっくり過ごしてくださることが私たちにとって何よりの励みでした。
ありがとうございました。
これからは、また違うかたちで、西荻をつくるコンテンツのひとつとして貢献できたらと考えています。

さて。
ここからは少し長くなりますので、お時間あるかたは少しお付き合いいただけたら嬉しいです。
10年前、インザラフをはじめた目的は2つ。
ひとつは、家ではなく家の外でPC作業やお仕事ができるカフェをつくること。
当時、電源やWifiがフリーで使えるカフェはほとんどなく、会員制のノマドカフェが注目され始めた頃でした。
そんな中、インザラフはPCや作業ができる広いカウンターとテーブル、高速Wifiとアクセスフリーの電源を備えた仕様にし、“東京で一番長居できるcafé”を目指してオープン。
カフェでPC出して、もくもく作業!
今では当たり前になりましたが、当時は本当にそういう場所がなくて、「あったら絶対いいのに。ないなら作っちゃおう!」というノリでした。

コンセプトは「ごはんとひとしごと」。家で過ごすようにごはん食べたり仕事したり、でも家ではなくてなんとなく街の中に溶け込むように人の気配がある中でゆっくりしてもらえるお店を目指していました。
「ここだったら、いつまででもゆっくりできるね」と、思っていただける場所になっていたとしたら、これほど嬉しいことはありません。
もう一つの目的は、未来を育てるはたらき方ができる場所をつくること。
未来を育てる?
未来はやってくるものではなく、育てるものだと思うのです。小さな一歩を踏み出すことで、自分の未来を育てていく、そんなはたらき方ができる場所を作りたいという思いがありました。
そう考えるようになったきっかけは、私自身、先代が急逝し会社を引き継いで4,5年経った頃、右も左もわからない業務に手探りで向き合うことにちょっとくたびれて、こんな思いして、自分は何のために?誰のために働くのだろうと思い悩んだことでした。
もう、自分は無理したり、頑張ったりしないで、できることだけできる範囲でやったらいいや!と投げやりになっていた時、旅先の佐渡島で目にしたあることがきっかけで、一念発起することとなったのですが(笑)これはこれで長いお話しなので、また別の機会に。

小さな会社をやっていく中で、仕事をする目的は何だろうと考えました。
もちろん、生業として生計を立てるために仕事をするのですが、では自分はおカネがあったら仕事しないのか?というとそういう事でもない。
きっと、人はおカネ以外の目的がモチベーションになって日々の仕事をこなしているのではないかとおもうのです。
自分の未来を育てるはたらき方、
そんなはたらき方が広がるには、できる環境をつくればいい。そんな風に考えていました。

シェアカフェというスタイルにしたかった理由
きっかけは、インザラフのベース事業である不動産屋としての経験でした。
当時、私は先代の急逝をうけて小さな不動産会社を引き継いだところでした。
小さな不動産屋ですから、主な仕事は管理物件の契約や更新、家賃回収、メンテナンスでした。
あまり多くない管理業務の中でも、あまり気が乗らないのは家賃回収。
当たり前ですが、みなさん、夢と希望をもって事業を始めるのだけれども何らかの理由でうまくいかずに、家賃が滞ってしまうのです。
何とか継続させたいという想いもあり、今月は無理でも来月は・・・と思っているものの好転の機会はなかなか訪れず、最終的には大きな負債を抱えて事業を閉じるというケースに少なからず立ち会うのです。
その決断に至るまでがなかなか苦しいものがあり、数カ月家賃滞納した挙句に振込ました!と振込用紙を偽造する方、従業員さんの給料も未払いのまま何カ月も連絡が取れず失踪してしまう方。無理がたたり体調に支障をきたし、お店を閉める方。
あるとき事務所什器等を外に出しているので何かとお尋ねすると、事務所模様替えです!と言っていたのに、翌日行くともぬけの殻。実は夜逃げの準備だった。なんていう場面もありました。
みなさん、決して悪意をもってしていることではないものの、致し方なくそのような事態と結末を迎えてしまうパターンは決して少なくないのです。
当時はまだ、脱サラしてラーメン屋を起業!みたいな時代でしたから、勤めを辞めて自分で事業を始めるというのはとてつもなく大きな決断とリスクに向き合う覚悟が必要でした。
そんな経験を経て考えたのがシェアカフェというスタイルでした。

場所を作り、曜日や時間でシェアすることで、小さな事業をスタートする負担がグッと低くなりチャレンジしやすく、仮にうまくいかなくてもダメージが小さいく抑えられるのではないかと考えたのです。
今では当たり前となった「シェアカフェ」というスタイルですが、当時はそういったコンセプト自体が無く、日替わりでお店が違うんですとか、週一日からお店が持てるんですよ、と説明してもなんだ、「何、それ?」という反応でした。。
たった、10年前と思うかもしれませんが、社会全体としては、副業自体NG!だった時代。自分でお店をやってみたいと思ったら、会社を辞めるしか選択肢が無かったのです。
そんな時代背景もあり、はじめてインザラフを借りてポップアップカフェとしてお店を始めた方は、「おカネじゃないのよ、副業は」というタイトルで日本経済新聞の記事として取り上げられました。
自分の夢や理想とする働き方について勤務先にプレゼンし、“副業”の許可を得て、週に一度のカフェ営業をスタートさせた彼女は、まさに新しい働き方の道を切り拓いた、先駆者の一人でした。

その後、コロナ禍など、想定外の出来事が相次ぎ、さらにテクノロジーも大きく進化。時代も、働き方も、人の価値観も、大きく変わりました。
今や、柔軟な働き方や副業、転職は常識となり、場所や時間をシェアする考え方はごくごく当たり前のこととなりました。
そんなこんなで、10年続けてきたインザラフ。
これまで本当にたくさんの方に、使っていただきました。
インザラフを作ったことでたくさんのチャレンジに出会うことができました。
おうちでは料理担当だった若いパパ。料理自慢の腕試しで週イチカフェに挑戦。
旦那さんの急逝を受けて、料理の腕ひとつで自立しなければと相談に来てくれた女性。
まだ、お子さんが幼稚園の時に、いつか自分のお店を持ちたいからと、週一回、朝の3,4時間ほどの営業からスタートし、いまでは西荻の人気店に育てた方。
他の地域でカウンターだけの間借りでカフェをやっていた方が、もう少し広いところでチャレンジしたいと、毎週2回のカフェにステップアップ。その後、自分のお店をオープン。
二人組の20代男子。一人はまだお勤めを続けているときにポップアップカフェを始めい
まではとっても有名なカフェに。
全国の美味しいお酒にスウィーツを組み合わせたカフェをやりたいと月イチでスタートした女子大生…ここでは書ききれないくらいのチャレンジに出会うことができました。
小さな思い切りと、スモールスタートを通して、歩いた先に道ができてくる。
そんな景色をたくさん見せていただいた気がします。

私たちの小さくて大きなチャレンジ。
インザラフにお店をする方たちのチャレンジにワクワクする刺激をいただいていた私たちも
小さなチャレンジに取り組んでいました。
コロナ禍のこと。
ご記憶の通り、世界中が経験したことの無いパニックに見舞われ、刻々と変化する状況と、見えない病に対する恐怖で、先が見えない不安な日が続きました。
営業はもとより、お店も開けられない、どうすることも出来ない状況でしたが、時間だけはたっぷりあるし、何か始めよう!と同じ商店街のガネーシャガルさんと一緒にカレーパン作りをはじめました。
企画開始から7カ月、完成したカレーパンに「西荻カレーパン」という名前を冠して、カレーパングランプリに挑戦。初挑戦にして、みごと金賞受賞!という結果をいただきました。

ひとつの商品をコラボで作るというチャレンジ。「西荻カレーパン」はレシピはもとより、ネーミングからパッケージ、たくさんの人の才能がかけあわせで出来上がったそれは、その時めぐりあわせた時期、メンバーだったからできたことでした。
「西荻カレーパン」のお話はコチラもご覧ください↓
できたこと、できなかったこと。
では、この10年で、思い描いたことができたのか、やり切ったかのかというと、正直まだまだ物足りないという気持ちや、思い残すところは沢山あります。
ただ、今はその経験も踏まえて、次の一歩を踏み出すために、一度立ち止まり足元を見てみようと思いました。
この10年間、インザラフを育ててくださったお客様には感謝しかありません。
卒業を伝えるのは寂しい気持ちもありますが、少し先の未来でまたお会いできることを楽しみにしています。
また、お店の運営に携わってくれたお店のスタッフはじめ、運営チームの皆々さま、本当にありがとうございました。
その期間の長さに拘わらず、インザラフでの時間がひとり一人にとって、未来を育てる小さなチカラとなることを願っています。
卒業、おめでとう。
インザラフ発起人
松本弘子




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